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2017年5月21日日曜日

ベオグラード市内観光に出かけました。

 朝から雷が鳴りどしゃ降りの大雨。しかし天気予報を見ると雨のち曇りとなっていました。雨も止んだので市内観光に出かけました。ホテル近くのNikola Pasic Squareにあらゆるものが集まっているのでとりあえずそこまで行ってみようということになりました。
広場中央にはコソボ紛争によって亡くなった人の写真が延々と貼られていました。そこにはアルバニアのテロリストとNATOによってコソボは奪われた等の事が書かれていました。セルビア人、アルバニア人の争いは昔から続いておりアメリカの介入でNATOも加わり記憶に新しい出来事が起こりました。
コソボ側はこの掲示物を取り除け!をスローガンにデモをこの場所で度々行っています。
朝から花嫁姿をよく見かけていたのですがこの広場に集結していました。警察が道路を封鎖、音楽隊の行進に新郎、新婦が続くというもので、その数何十組。

この後いつものSightseeingバスに乗り市内観光。

 NATOの空爆により破壊されたビルがそのままの状態で保存されています。
ベオグラード要塞も観て回り早めにホテルに戻りました。





ソフィアからセルビア ベオグラードへ。

 朝7時半にバスセンターに行きベオグラード行のバスに乗車しました。バスセンターは中央駅のすぐ隣にあります。
ここからブルガリア国境を越えセルビアに入ります。セルビアに入るとそこでバスを乗り換えベオグラードに行きます。ルーマニア、セルビアはEUに加盟してないので出入国審査を受けなければ出入国できません。1時に到着し時計を見ると12時でした。時差が一時間あるみたいです。時計を修正しブルガリアの国境で出国審査を受けその後300メートル程進んでセルビアの入国審査を受けるのですが一時間ほど待たされます。ロシアから来たご婦人と仲良しになり色々お世話になりました。ニーシでバスを乗り換える時にその御夫人と別れセルビアのバスに乗ろうとしたら荷物をバスに積み込むときにお金を徴収しているのが見えました。聞けば100ディナール(115円)必要との事。チケットは通しで買っていたのでディナールの所持金はゼロ。ブルガリアの通貨は少し残っていたのですが。荷物は車内持ち込み可能だったので持ち込もうとしていると隣で様子を見ていたご婦人が100ディナールを支払ってくれました。お言葉に甘えてお礼を言いました。ベオグラードに着いて降車の際に再度お礼を言い日本語でアリガトウ!と言うとアリガトウゴザイマシタ!の返事!途中15分程話をしながら分ったのですが20年ほど前に東京のアジアスクールで英語教師をしていたとの事!息子さんと娘さんが迎えに来ていたのでサヨウナラ!とお互いに言い合い別れました。日本語を思い出しながら一所懸命しゃべってくれました。今まででもそうだったのですが何か困ったことが起きると周りの誰かが(特に女性)助けに入ってくれます。これが旅の良さかも知れません。そういえば仕事中に何度か困った外国の旅行者(ヒッチハイカー)を車に乗せてあげたことが有りました。これだから旅行は楽しい!!
ホテルに早く着いたのでネットで次の予定を調べているとザグレブ行のバスの切符が21日は売り切れ!22日は残り4枚!大慌てで2枚確保しました。ラッキー。これでゆっくりブカレストで購入したJack Danielsを味わえます。

追記:セルビアこの近辺は旧ソ連崩壊に絡みもめごとが絶えません。ボスニアヘルチェゴビナ、クロアチア、コソボ、マケドニア、セルビア国間でいまだに揉めています。特にコソボに最初に入国するとセルビアからは出国出来ません。セルビアがコソボを独立国として承認していないからです。未だに宗教施設(世界遺産に登録されている)にはNATOの平和維持軍が駐留しています。この近辺を旅行するときにはチェックが必要です。

2017年5月19日金曜日

ソフィア二日目。

 昨夜深夜一時頃就寝した割には朝5時半頃に目が覚めました。体内時計の正確さには驚かされましす。ゆっくり朝食を取り街の散策に出かけました。

アレキサンドル ネフスキー大聖堂に行きあたりをくまなく散策して回りました。
シーズンオフということもあり観光客はあまり多くなく、又観光スポットもそれほど多くありません。
明日はセルビア、ベオグラードに行くつもりで列車の情報を得ようと駅に行きましたが、夕方5時発現地到着朝3時の便しかなくバスに切り替えました。こちらでは列車よりバスの方が便が多いみたいです。

昨日は大変な一日でした。

 16日にブカレストに到着して銀行前のATMでキャッシングをしようとしたらカードが戻ってきません。(キャッシングをするとときにはこんなこともあろうかと無人ではなく銀行の開いている時間帯にその場所ですることに決めています。)銀行員の言うことには一週間後に来てくれということでした。事情を説明すると快く二日後の朝9時に来てくれれば用意しておくとの事。その時間に銀行に行くとその女性は不在で代わりの行員はそんなことは聞いていないとの返事でした。この日は12時45分の列車のチケットを用意していたので何とかしてくれと頼みこみましたが次はいつルーマニアに帰ってくるのか?一週間待てないのかの繰り返し。らちが明かないので粘り強く交渉していると責任者が出てきてまた同じことの繰り返し。キャッシング出来るカードはこの一枚だけなので強い口調で朝9時にここに来いといわれたからここに来た。ここで待つから何とかしてくれと迫りました。それだったら電話番号を教えてくれ届いたら連絡をすると言うのでそんなものは持っていない(本当は持っているのですが!)ここで待つ!といったら2時間後に来てくれそれまでには用意するとの事だったので納得してホテルに帰りました。2時間後に戻って待っているとATMの管理者が到着して事なきを得ました。途中女性行員がコーヒーを入れてくれたり、管理者が到着をすると全員が出てきて笑顔で喜んでくれました。周りの人、管理者に丁寧にお礼を言って銀行を後にしました。内心もしだめならカード会社に連絡を入れてカードを止めてもらおうと決めていましたが粘り勝ちでした。
その後近所のスーパーで余ったレイ(ルーマニアの通貨)を酒と食料品に替えて定刻に出発。

10時間の長旅の始まりです。
途中ルーマニアの出国手続き、ブルガリアの入国手続きを車内でへて無事首都のソフィアに到着。
後ろに見える川が国境です。
途中香港、中国からの二組のご婦人と同行できたので長旅も退屈しませんでした。
ソフィアに到着をしたのは夜の10時半、あたりは真っ暗、人通りも殆どありません。怪しい人間の声かけも無視してホテルに到着。取り敢えず一杯飲んで寝ました。明日は市内観光。



2017年5月17日水曜日

ブカレスト二日目。

 今回持参の秘密兵器が大活躍しています。ネット通販で購入した携帯電気なべ!
購入金額2,980円。 旅行先のスーパーでコーヒー、お米、食材を購入しお湯を沸かして調理します。特に重宝するのがお粥です。ここブカレストでも日本のコメよりおいしいジャポニカ米が多品種揃っています。レストランでとまどうのが量の多さ。食べ残しを注意された世代は無理して食べるので後味の悪い思いをすることが多々ありました。
今日はSightseeing Busで市内観光をするつもりでバス停に出かけました。早朝ホテルのフロントで調べてもらたので何の疑いもなくバスを待っていましたがいつまでたってもやってきません。見かねた市内バスのチケット売り場のご婦人が声をかけてくれました。その会社は何の前触れもなく突然営業を中止しましたよ!ということでした。ブカレストは特に観光に適した街でもないので二人でブラブラ市内観光をしました。そういえば他の街ではよく見かけるアジア人を殆ど見かけません。観光で成り立っている街ではないみたいです。
処刑された前チャウセスク大統領のこしらえた国会議事堂の前で。

その後食事をして歩いてホテル迄何時間も掛けて帰りました。



ルーマニア、ブカレストに来ました。

家を出てフライトに15時間、待ち時間及び移動に11時間合計26時間。
くたびれました。こんなときにはよく失敗をします。早速やってしまいました。ま、失敗も旅の楽しみ!解決したら又アップします。今夜は早く寝て明日を楽しみます。
 

2017年5月11日木曜日

月曜日に出発します。

 4回めともなると気が緩んで荷物さえ揃えていません。取り敢えず飛行機のチケットを手配しないとエンジンがかからないのでそれだけは確保しました。東欧12,3カ国を回るつもりです。気分は前回の最終地コペンハーゲンから次はどこへ行こうか?と言った具合で前回の引き継ぎ気分です。ベルギーにいる次男に荷物の頼まれものをされているので回ってくるつもりです。2人めの子供も先日生まれたので顔も見てきます。外務省の旅レジにて注意喚起(イタリアサミットの影響でシェンゲン協定を一時停止、イタリアに入国するには滞在許可証等を要求されるかもしれないとの内容。5/10〜30日)が届いていました。ヨーロッパはめまぐるしく変化しています。